「未来予測本」、2冊目と3冊目。
かなりデフォルメします。
論点が広すぎるので、細部は是非じかに手にとってみてもらいたい。
「予測」と「啓蒙」と「オプティミズム」に富んだ、
類まれなる名著である。
そもそも「富」とは何?ってとこから話は入る。
そんなの「カネ」に決まってるじゃねえかよって思うでしょ。
いやいやそうではない。
「カネ」で計れる経済規模なんて限られていると筆者(夫妻)は説く。
ちょっと話が逸れるが、
そもそも「カネ」の存在意義って何だろうって考えてみた。
我々が「カネ」の存在を認めるのは、それに「交換価値」があるからだ。
ここで仮に「カネ」のない世界を想像してみよう。
「カネ」のない世界とは、「物々交換」の世界である。
例えば、おっさんが「りんご」を持っていて「みかん」が欲しいとする。
では、おっさんが「みかん」を手に入れるにはどうすればいいか。
「みかん」を持っている人を探せばいいと思われるかもしれないが、
それだけでは不十分である。
答えは、「みかんを持っており、かつりんごが欲しいと思っている人」
を探さなければならないのである。
これは結構至難の業であることがわかるだろう。
「みかんを持っている人」だけならまだしも
「みかんを持っており、かつりんごが欲しい人」となると、
その人を見つけ出せる確率はぐっと減ってしまう。
そのミスマッチを解消させるために、何にでも交換可能な「カネ」
というものが生まれた。これが経済活動を飛躍的に増大させた。
先ほどの例で言えば、おっさんはわざわざ
「みかんを持っていて、かつりんごを欲しいと思っている人」
を見つけなくても、
単に「りんごが欲しい人」にりんごを売って「カネ」に変えて
その「カネ」でみかんを買えばよいのである。
「カネ」はマッチングコストを解消するもの画期的なものだった。
しかし、それを「IT」が変えてしまった。
「IT」による高度なネットワーク化はあらゆるものの
マッチングコストを飛躍的に削減した。
「みかんを持っていて、かつりんごが欲しい人」も
簡単に見つけられるようになった。
もちろん、すべてがそうなるわけではないが。
そうなると、ネットを介して現代版「物々交換」とも言うべき活動が
膨大に行われるようになってきた。
半ば絶対的な存在であった「カネ」の価値の相対化が始まった。
ここでも出てきた。
「知識」そのものに「交換価値」が生じたのだ。
そして、「知識」の交換によって得るものは「カネ」の場合もあるが、
「カネ」ではなく、「名誉」という新たな「価値」に重きをおく人が出てきた。
Linuxなどのオープンソース現象はまさにその表れだ。
人間は誰かに認められたいという欲求がある。
マズローの5段階欲求説によると、それは人間の最高位にある欲求だ。
急速なネットワーク化によって、誰でも世界とつながることができ、
「名誉」を得る可能性が格段に広がった。
そして、「カネ」のためじゃなくて、
純粋な「名誉」を求めて「施し」に邁進する。
IT革命は、人間の「善」を復活させる大きな力になるかもしれない。
悲観論が優勢の時代においては、
強烈なオプティミズムにあふれた作品である。
彼らはITによる世界のフラット化とテクノロジーの発達は
明るい未来をもたらすはずだと考えているし、
世界の貧困を撲滅できる可能性があると本気で考えている。
概して人間は「変化」に弱い動物であると思う。
そして、自分の知らないことは無思慮に批判的になる。
「知らないこと」=「悪いこと」であると。
今、日本だけでなく世界が悲観的になりがちなのも、
国内・海外とも内憂外患を抱え、先が見えない世界であるからだろう。
たしかに今は「革命期」なのでしばらく世界は混乱するだろう。
しかし、「知らないこと」=「悪いこと」ではない。
人間の善の部分を信じ、テクノロジーを味方につければ
必ず21世紀の未来は明るくなる。
そんな希望を持たせてくれる、素晴らしい大作である。
「富」=「幸福」である。
しかし、人間の幸福を「カネ」だけで計るのは間違っている。
そして、「カネ」だけではないことを人間は気づき始めた。
それこそが、明るい未来への第一歩なのかもしれない。
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