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48.新憲法の誕生

新憲法の誕生 新憲法の誕生
古関 彰一

中央公論社 1995-04
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日本国憲法誕生の舞台裏を描いたドキュメント。
ちなみに筆者は憲法史がご専門の「法学者」である。

日本国憲法は誰のどのような思惑で誕生したのか。
日本国憲法は本当にGHQからの押し付けだったのか。
戦後直後の国民は、本当に日本国憲法に無関心だったのか。
憲法制定に纏わる数々の「ナゾ」が明らかになる。

過去の資料を丹念に分析し、「頑強的護憲」でも「復古的改憲」でもない
筆者曰く、「新たな視座」を求めて描かれた力作である。

まず、筆者の言う「新たな視座」を明らかにすることから始めたい。
予め述べておくが、本書は中立的な立場からのドキュメントではない。
始めはそう見えるが、徐々に筆者の立場が明らかになってくる。

従って、本書が自らの立場(主張)がまずあって、
それを補完するための歴史的事実を収集しようとしたものなのか、
それとも、冷静・客観・中立な立場で歴史を分析する過程で
筆者の主張が形成されていったのかはわからない。
ただ、認識を誤らないためにも筆者の立場に留意しておく必要はあると思う。

では、その筆者の立場とは何なのか。
これが「新たな視座」ということになるのかもしれないが、
筆者はいわゆる「進歩的改憲論者」に該当すると思われる。

この「進歩的改憲論者」とはおっさんの造語だが、どういうことかと言うと、
「日本国憲法はまだ保守的だから、もっと進歩的な内容に変えなければならない」
と考える立場であることからそう名づけた。


つまり、「改憲」といえば「保守への回帰」と考えがちだが、
彼はそれと全く逆の視点から「改憲」を主張している点で
「新たな視座」であるといえる。

そして、その「新たな視座」は長らく日本を支配している
「GHQからの憲法押し付け論」に対する考察にも表れている。

実はGHQは元々、憲法改正は日本人の手に委ねようと考えており、
実際に日本国政府に委任してその作業を行わせていた。
つまり、憲法改正は指示していたが、
その内容までいちゃもんをつける気はさらさらなかったと。

しかし、その政府案が某新聞のスクープで明らかになり
その内容があまりに保守的つまり明治憲法の文言直しに過ぎなかったことが、
GHQの逆鱗に触れ、それが結果的に彼らの介入を招いたと。
そして、GHQの求める「平和と自由を求める内容」は
実は世論の期待にも沿ったものであったと。

つまり、保守的な草案を書いた政府にとっては「押し付け」で
あったかもしれないが、当の国民にとってはむしろGHQの圧力は、
結果的には歓迎すべきことであったのだ、ということだ。

それを証拠に、日本国憲法を国民は熱狂的に迎えた。
「憲法よりメシだ」という状況にあったのは間違いないが、
そういう状況だからこそ、平和と自由をうたう新憲法に関心を持った。
普及にあたって実に2000万部ものパンフレットが作成されたというから、
物資不足の時代にあって、そのエネルギーは凄いものだったのだろう。

ところで筆者は、当時日本国憲法の制定にあたって国体を維持すること
だけを考えていた日本の支配層に対する根強い不信感があるようだ。

彼らはGHQ案を日本語化するに当たって、GHQにはわからないように
「国籍条項」を復活させるなどして、可能な限り保守的な方向にもっていこうとした。

また、第9条に関しても、
元々の理念は「完全非武装」であったにも関わらず、
「芦田修正」によって、再軍備を容認する方向に持っていってしまった。

そういう保守的かつ筆者の考えるところの姑息なやり方で、
当初の理念(国籍問わず皆平等・完全非武装)が曲げられてしまった。
それを元に戻すために憲法改正が必要であるというのが筆者の立場のようだ。
つまり、日本国憲法誕生当時の社会党・共産党の理念を受け継いでいるともいえる。
だからかもしれないが、社会党草案からの引用が多い。

確かにはっきりとは述べられていないが天皇制に反対し、
自衛隊の合憲化、国籍条項を「時代錯誤」と断じる主張には、
リアリティの面から違和感があるのは否めないが、
それで単純に「左」と切り捨ててしまっては本書の価値が薄れてしまう。

実は本書からの一番の発見は、日本国憲法の施行式典で歌われたのは、
何と「君が代」ではなく、新憲法制定記念歌である
「われらの日本」という歌だったという事実だ。

おっさんは日本人として生まれたからには、
それに誇りを持ち、祖国である日本を愛するのは当然だと思う。
しかし、なぜ国歌が「君が代」であるかについては
違和感を持ったことがあるのも事実だ。

そして、こういう記念歌があることすら知らなかった。
「君が代」が明治よりも太古の昔から
日本の国歌としての役割を果たして来たならまだしも、
これは明治時代の天皇の神聖化の過程で生まれたものだ。

であれば、なぜ天皇の神格化を否定する「憲法改正」が行われたにも関わらず、
国歌はなぜ「君が代」のままだったのだろうか。
なぜ、この記念歌が新しい国歌とならなかったのだろうか。
そして、この記念歌があったという事実を、
なぜ多くの国民は教えられてこなかったのだろうか。

繰り返しになるが、おっさんは日本という国を愛しているし、
天皇陛下が日本国・日本国民統合のシンボルとして
十分機能を果たされているということに異論は全くない。

しかし、「国民主権」というのを憲法でうたっているのであれば、
やはり、国歌もそれを体現する内容に変えるべきではなかったかと思う。

そうすれば、「君が代」に起因する「起立拒否問題」なんかも
解消できるのではないかと思うのだがどうだろうか。

実際に起立を拒否している左翼の先生方の問題は、また別にあるとして、
「君が代に違和感を感じる」=「愛国心がない」ということには
必ずしもならないのではないかと思う。そんな単純な図式ではないのだ。
これが、おっさんが本書から教えてもらった「新たな視座」である。

<日本国憲法施行記念歌 「われらの日本」>

   平和のひかり   天に満つ  
   正義のちから   地にわくや
   われら自由の   民として
   新たなる日を   望みつつ
   世界の前に    今ぞ起つ

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